その中で、手をつなぐ会の存在に支えられて今まで続けることができた。手ひどい裏切り行為にあったときは、自分自身の健康を害するほど苦しかったが、支援者が居るということは大きな慰めだった。

IV 手をつなぐ会の意義
  手をつなぐ会には、大きなこつの意義があったと思う.
 一つは、経済的な支援である。
 私は、自分が始めたこのような活動は、すべて自分の金と労力と時間を提供して遂行するべきだという持論を持っている。しかし、私がインドに学校を作ったことを知った池宮城先生が、ヒマラヤ学校と手をつなぐ会を結成し、沖縄戦ですべてが破壊し尽くされた中で、戦後子供たちが木の下などの青空教室で学んだ経験から、ぜひ貧困の子供のための学校を作った私の活動を支えたいという沖縄の人々が大勢居る、と言われたとき、私は、そのような経験をした沖縄の方々の支援なら、喜んでお受けしようという気になった。以来、会員の皆様の寄付金を、ヒマラヤ学校の先生方の給料、建物の家賃、教科書、文房具、カバンなどの費用、行事の費用など、学校運営の最小限の必要経費に充てさせていただいた。現在は生徒数約170名で年間経費は約90万円である。今年はその半分の45万円を援助資金として学校に渡した。
 私自身の渡航費やインドでの宿泊費など自分に関する費用はすべて自前であることは言うまでもない。なにかの行事のときに生徒たちに渡すお菓子代や記念品代なども自分で出している。
 手をつなぐ会のもう一つの意義は、講演会や会報の発行などの報告や啓蒙活動である。
 今までに6回の講演会と1回の報告会を開いた。池澤夏樹さん、星川 浮さん、小松健一さん、中村行明さん、玉 城長生さん、栗本英世さんの講演は、それぞれ感銘深かった。
 昨年5月にインドに行った5人の皆さんの報告会も印象的だった。これらの催しは、参加された方々にとって、外国でのこのような支援活動が、自らにとって、また社会にとって、どのような意味があるのかを考える良い機会になったのではないかと思う。このような俺しや、日常の金銭の管理などは司法書士の又吉さんが全部引き受けてくださった。感謝である。

 

V 手をつなぐ会の転換期
 このように、手をつなぐ会の活動は、非常に大きな意義を持っていたといえるが、今、活動の形を、将来のヒマラヤ学校のあり方に、より適合するものに変えていった方が良い時期に来ていると考えている。そのわけを述べる。

 第一に、会を作った最大の目的は、寄付金を集めるということであった。しかし、先にも述べたように、今、ヒマラヤ学校は自立の方向に動いている。私の援助の目的は、村人が自立して学校を運営するということである。将来は経済的にも自立することを目指している。手をつなぐ会に集まった寄付金の残高は現在700万円あまりということであるが、校舎の建設のために300万円を使うとしても、あと400万円余もあり、年間の運営費の援助額を毎年45万円とすれば、約9年分は現在の残高で援助が可能である。その後は私自身が自分の金で援助するつもりである。
 そうすると、会の最大の目的である寄付金を募ることは、当面必要でなくなる。
 第二に、講演会などの啓蒙活動であるが、このような活動を手をつなぐ会で行なうことについて、私はかねてから多少の疑問を抱いていた。なぜなら、会員の皆さんの寄付金は、インドの子供たちに直接役立てるべきであって、講演会の講師の交通 費や謝礼に使用するのは、目的の範囲外ではないかと思えるからだ。

 以上の理由から、私は、従来のように、手をつなぐ会として寄付金を集めたり、講演会をすることは、これからはしないほうがよいと考えている。

VI 他者を援助する場合のありかた
 私が本当に帝望しているのは、私のこのような活動に共感してくださる方のひとりひとりが、自発的かつ自主的に、自分に合った形を選んで、支援のための行動をされるということである。他者を援助するというような思いやりの気持ちを表す行動は、ひとりひとりの心に従った行動をするのが本当であり、役員会が方針を作り、構成員がそれに従うという、一般 的な組織的活動とは、異質なものである。自発性こそ援助活動の本質といえる。
 

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