I  ヒマラヤ学校は今
1 ヒマラヤ学校が、北インドのガネーシュプール村に1997年にできてから満6年経った。昨年は、5年制の小学校で初めての卒業生を送り出し、勉強を続けたい卒業生のために、3年制の中学校を併設した。ウッタルアンチヤル州の政府に現在認可申請中である。
2 今年(2003年)8月、インド独立記念日の前後に、私はヒマラヤ学校を訪れ、生徒たちと数日を共に過ごした。前回訪れたのは今年の3月だが、その間に嬉しい変化が起きていた。
まず気がついたのは、学校全体の雰囲気が以前よりずっと明るく、のびのびしていることだ。先生達の態度が優しく、生徒達がよく笑う。私が訪れたのは、インドの独立記念日である8月15日の前後だった。インドは1947年、マハトマ・ガンジーの指導のもとで、長い闘いの末、イギリスからの独立を果 たした。その日を祝う催しのため、子供たちはめいめい国旗を手作りし、みんなで歌の練習をしていた。独立記念日当日は、吟遊詩人のような老人が来て、独立のために犠牲になった人を称える自作の詩を歌った。子供たちは歌やダンスで楽しんだ。
3 今年3月に私は先生方と、何時間にもわたり膝を交えて話し合った。貧困な子供の教育のためにこの学校を作ったこと、生徒が日々楽しく学べる環境を作ること、将来のために職業教育をすること、天にいつも感謝することなど、学校設立の理念を語った。そして初めて大きな問題提起をした。この学校は、将来村人が自分達の学校として、自らのカで運営するようにしてほしい。
 
この学校は、将来村人が自分達の学校として、自らのカで運営するようにしてほしい。貧困であっても、できる範囲で金や労力を自ら提供して、自立してほしいと。そして、援助金の額を今年は従来の半分に減額した。
4 先生方は、それ以来、本当にがんばった。夏休み期間中の6月には、生徒の親たちをひとりひとり訪ねて、この学校の運営に協力するよう頼んだのだ。親たちは乏しい収入の中から1ルピー、2ルピーと学校へ持ってくるようになった。先生方は更に、村や町の知人、友人に協力を仰ぎ、それに応えて黒板やジュータンやお金を寄付する人が何人もあらわれた。私が行ったときも、校長のアヴネシの友人が寄付したという新しいジュータンが部屋の隅に置いてあった。
校舎を建築したいという帝望が強いので、できるだけ早く土地を購入して、建築に取りかかろうと考えている。この費用についても、アヴネシは、半分は自分達で集めるつもりだと私に言った。かなりの大金である。その心意気がすごいと思った。


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