●旅立ち

 4月27日午後、稲葉耶季さんとヒマラヤ稲葉学校と手を つなぐ会のメンバー6名は、関西国際空港からインド航空 機に搭乗した。5月2日の稲葉学校の初めての卒業式に参 加するための旅立ちである。
 これまで何回か国外旅行を経験したが、今回はいささ か様子が変わった。これまでは、大きなトランクを携行 し、当たり前の皮靴を履き、仕事用のカバンを持った旅 行スタイルだったが、今回は、ウォーキング靴に、長袖 色シャツ、ラフなカーキーズボン、予備のシャツに下着 上下各1着のトランク無しの寝袋を詰めたリュック1つの 出で立ちであった。端からみたらヒマラヤ登山にでも行 く姿であった。  旅立つ前に、トランクやその他かさになる手荷物を絶 対に持ってはいけないと、稲葉さんに忠告されていた。 トランクを持って物見遊山の旅ではないと釘をさされて いたのだ。  私には、そのような姿の海外旅行の経験が無い。ヒマ ラヤの奪え立つ険しい地に学校があるので、そのような 格好が必要なのだろうと想像した。しかし、インドの旅 が始まって、稲葉さんのショルダーバッグ1つの瓢々とし た軽装と行動をまじかに接して、なるほどと納得。デリー の街から庶民の足であるがたびしバスに揺られ、町越え 野越え山越えてやっとたどり着く旅に、トランクでも持 参していたらバスに乗り遅れ、見も知らないインドの町 に独り取り残され、難民になっていたかも知れない。  百聞一見にしかずと言う。想像力に優れた者なら、イ ンド訪問の経験無くとも、10億の人間が溢れている街や 村の状況や、庶民の生活状況など、情報と想像力で理解 できるのかも知れない。  しかし、インドの世界は、私がそうであろうと想像し ていた以上の国であった。デリーの空港に到着したのが 夜11時を過ぎていたのに、人の群れでむんむんし、バス や車が無秩序に出入りし、クラクションが絶えず喧燥極 まりない。

●ガネシュプール村稲葉学校への旅

 ヒマラヤ稲葉学校のあるガネシュプールの村に到着す るまでの旅程については、島袋静子さんの素晴らしい糸己 行文を読んでいただきたい。  インドの経済実情を反映し、私たちが利用したバスは、 日本ではとっくにスクラップになっている代物で、はた して5時間、8時間の長距離走行に耐えるだろうかと、大 いに心配した。しかしながら、そんな心配は無用、がた ぴし道路をびんびん時速100キロ前後でぶっ飛ばし、対向
車に正面 衝突の瞬間を何度も遭遇し、生きて目的地に着 けるのかと、極度の不安にかられ、しっかりと前の席の パイプをつかみ、事故に対しては自己責任だと観念した。 同乗のインドの皆さんも同じ思いで乗っているのかと、 そっと辺りを見回すと、美しいサリーをまとった女性はじめ、皆さん泰然として、楽しくバスの旅を楽しんでい る様子である。  通勤バスでさえ冷房完備のこの沖縄の生活に慣らされ た私にとって、悠揚せまらぬ インドの庶民と、じかに触 れることの出来た今回の旅は、文明の豊かさが、物質的 豊かさなのか、それとも、物は無くても精神的豊かさを 享受しうることなのか、自己点検を迫られた旅であった。

●学校の子供たち

 学校と言っても、机無し、土間にあぐらをかいて、一 生懸命に英語の教科書を朗読している。その情景を見て、 55年前の自分を思い出し、込みあげて来る感動に胸が熱 くなった。  沖縄戦が終わった1年後、私は、石川市の太陽小学校の 1年生だった。かろうじて米軍の払い下げの軍用テントの 中で、机無し、正真正銘の土間にあぐらをかき、若い素 敵な女の先生が、米軍払い下げの紙に手書きした詩を朗 読し、1年生の私たちは、先生の言葉を復唱して言った。 今でも鮮明に復唱出来る。
       ぴ−ひょろろ、ぴ←ひょろろ、
        うみのむこうにふねがいく
        ぴ←ひょろろ、ぴ−ひょろろ
        うみのむこうにふねがいく
 ああ、このヒマラヤ稲葉学校の子供たちは、今この世 で一番大切な知恵と知識の吸収に目を輝かしているのだ、 日本の子供たちのようにゲーム機も鉛筆さえ無いのに、 こんなに目を輝かし教科書に食い入っている、私たちの ほんのささやかな心の支えが、今まで学ぶ機会を持てな かったこの子たちに、学ぶ喜びを提供出来ているのかと、 胸の内で喜びの涙を流し、心が洗われた。

●子供たちに未来を託して世界を平和に

 子供たちの心は、どこの国でも輝いている。その輝き を持続していけるのかどうかは、ひとえに大人の責任で

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