師になりたいといっていた。
 この学校の子供達はめざましい進歩をしている。生徒 達の勉強に対する真面目さは目を見張るものがある。最 大の功労者は、創立以来この学校で教えているアヴネシュ・ クマール先生だろう。25歳だが、教え方も優秀だし、誠 実でまじめである。一般的に公立学校の教員の態度が不 まじめといわれるインドの中で、アヴネシュ先生は特異 な存在である。卒業式のために仕事を中断して学校に集 まってきた親達も、私たちや先生たちに感謝の言葉をし きりに述べてくれた。本当に心のこもった感謝だと感じ た。
 式ではまずヒンズー教の儀式をした。僧侶が聖典の文 句をとなえながら炊く火の中に、願いをこめて小技を入 れてゆく。火の儀式でヤッギヤという。私は心から、子 供たちや村人の幸せを強く念じた。そして、この学校を 運営する私たちが、挫折することなくこの事業をまっと うすることを祈った。
  そのあとのアトラクションでは、同行した県立叢大生の 照屋美季さんが踊りはじめると、それを見てみんながつ ぎつぎと踊りに加わった。生徒も先生も父兄も私たちも みんなだ。すばらしく盛り上がった。私はこのように楽 しそうな子供たちやみんなの笑顔をはじめて見た。日本 人とインドの人々の垣根がそのときにとれたと思った。 美季さん、ありがとう。
 授業参観では、島袋さんや伊波医師が、子供たちに囲 まれて、ノートを見てやっていた。
 ほめられて頭をなでられた子供たちの顔が輝くのを見 ていて、胸が熱くなった。島袋さんは感激してしばしば 涙ぐんでいたが、彼女の優しさが子供たちを幸せにして いることが見ていてよくわかった。
 事務的な処理に骨身を惜しまず動いてくださった又吉 さんには心から感謝している。屋台骨のような縁の下の 力もちだ。会はこのような人材に支えられているから、 確実な運営ができ、人の役に立つ実質を備えられるのだ。
 5年前、私がインドに学校を創ったという話しを聞くと すぐにそれをサポートするために、ヒマラヤ学校と手を つなぐ会を創立された池宮城先生は、初めて今回インド 旅行をされた。
 私はインドでは庶民と同じような旅をしようという考 えなので、村の学校まで行くのに、今回も庶民の足であ るバスを利用した。気温は40℃ちかく、オンポロバスに 長時間乗って、がたがたの道をゆく旅だった。村での宿 泊は、民家の屋根の上、星空の下だった。池宮城先生は 大変なカルチャーショックだったという感想をのべてお られた。しかし、この学校で子供たちがいきいきと学ん でいる姿を直接見て、手をつなぐ会の意味の大きさを実 感されただろうと思う。基本的人権を擁護することを使 命とする法律家が、みんな池宮城先生のように、国内外 を問わず実際に学べない子供や、恵まれない人々に手を さしのべる実践をするようになったら、日本社会も大き く変わるだろう。
 また、伊波医師のように、社会の枢要な位置に居る人々 が、金や地位でなく、人々の幸せのために働くようにな れば、・多くの人々がそれを見習い、互いに助け合いなが ら、幸せに暮らせる社会ができるだろう。
 急に今回の旅に参加された平山さん、お疲れ様でした。 同行の人々を励まし、愉快な旅にしてくれたことをみん なとても感謝している。
 村人との真の意味での交流は今回始まったばかりであ る。私たちは、村の人々の和と、助けあいの気持ちを、 更に強めるような活動をしなければならない。そのため に、学校の運営と同じくらいの努力をしなければならな いと考えている。
 最後に、私がなぜ、このような学校をつくったり、行 き倒れの人々・に安住の場を作ろうと、あらたな実践を計 画しているのか、その根本の理由をいつか機会があれば 披涯したいと思っている。
 同行された6名のみなさん、本当にお疲れ様でした。
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