1頁の写真の日付をご覧頂きたい。87/1/19となっているが、
実際の日時は2001年9月である。稲葉先生にご指摘申し上げた
ところ、意に介さず「大したことないじやない」と言われてし
まった。私は笑いながら「いい加減ですね」といったら、彼女
は間髪を入れずに「アバウトと言ってよ」と愛くるしい笑顔で
言葉を返してきた。こういうやり取りは 楽しい。
 日本のサラリーマン社会においては、何事もきっちりとしな
ければ即・失格の烙印を押されてしまう。当然、出世どころか
昨 今のご時世ではリストラの対象にもなりかねな い。
 
 私もサラリーマンの端くれとして、「きっちり習性」が身に
ついているつもりであるが、稲葉先生にお会いする度に、私の
中で凝り固まっているモノが見事に溶壊し、肩の力が抜けてい
くのである。彼女が日頃言っている「なるようになるのよ」と
いう言葉を聞くと、妙に安心する。
 この愛すべきアバウトな稲葉先生を「トリコ」にしたヒマラ
ヤとはどんなところであろうか。毎年のように一度は行こうと
思いながら未だに行けない。行った人の話を羨望の眼差しで聞
くしかない。
 来年は稲葉学校の第1期の卒業生が巣立つ。子供たちにとっ
て晴れの舞台。皆で祝いたいので、多数の方がご参加されるよ
うお願申し上げる。
 来年の子供たちの卒業式に私が出席(予定)する目的は、第
一に子供たちのお祝いである。次に彼地でカルチャーショック
受け、私の「浪費的生活・高慢な精神」が「簡素な生活・高邁
な精神」へとドラスチックに変容するのではないかと密かに期
待をしているのである。これを友人に話したところ「絶対に無
理!」の一言で片付けられてしまった。悔しい。こうなったら
絶対に「聖人尊師」になってやると固く決心をした。
 
   冗談はさておき、皆さんは国や地域が貧困から抜け出す有効
な手段は何だと思いますか?様々なご意見があろうかと思うの
ですが、私は教育だと思うのです。物質的援助も 短期的には非
常に効果的であると思いますが、ややもすると援助する側の思
惑に振り回されたり、また昨今の沖縄と同様で経済的自立心が
阻害される面があるような気がするのです。
 貧困に喘ぐ国や地域に真の自立を求めるなら、教育が最重要
だと思うのです。特に子供の教育は最優先されるべき。 いい事
例がシンガポールやアイルランドです。  我々「ヒマラヤ学校と
手をつなぐ会」の活動は地味です。 その成果は西洋医学のよう
に即効性はありません。漢方薬のように徐々に効き目が現れて
くるのではないでしょうか。 泡盛古酒の熟成にもたとえられると
思います。子供たちを 酒とすると褒は学校。その餐に時々仕次
ぎを行いながら大事に管理すると、数年後には驚嘆するような良
いお酒とな ります。長い目で見辛っていきましょう。
 そう言えば稲葉先生の生き方はまさに漢方薬的だと思い ます。
近視眼的でなく鳥撤的です。常に個よりも全体を観 ています。
 テロに怯える昨今、世界中の人々がこのような思想を持ちえた
ならば、硝煙臭さや飢餓等はかなり改善されると思 います。
そが、平和な幸せな人生を送る条件で
あると信じています。学校運営を支援
して下さる人々とずっと、この活動を
続けていきたい。私の生命にも限リが
あるので出来れば娘に活動を引き継い
でもらって、世界から未就学児が一人
もいなくなるまでこの活動を続けたい。
頂いた活動助成金は早速学用品を買っ
てヒマラヤの子供達に送りたい、どん
なに喜ぶことか」とお礼を述べられ、
心は、遥か遠く厳しい自然と暮らして
いる子供達へ思いをはせていました。
授賞式後の交流会では、敬愛する大城
光代元判事と再会を喜び合い、気さく
にカチや一シーの輪に加わり、参力者
にまたまた稲葉ファンが増えたようで
す。先生の強い意志、高潔な精神、深
い慈愛にあふれた授賞式の−夜でした。
 去る10月25日、「沖縄ソロプチミ
スト沖縄」より稲葉先生に県内2人日
の女性栄誉賞が贈られました。これは
長年にわたリヒマラヤ地域で、先生
が建設資金を個人負担し、ネパール・
ムス タンのマルフア村に学校を建設
されたことや私たち「ヒマラ下稲葉
学校と手をつなぐ会」の支援を受 け、
順調に運営されているガネーシュプ
ールの学校作りのボランティア 活動
が評価された受賞です。私たち会員
にとっても大変うれしい受賞です。
稲葉先生受賞の喜びの言葉が何とも
素晴らしく、会場は深い感動に包ま
れました。おおよそ次のような挨拶
でした。「1980年代の終わり、当
時裁判官として毎日人々の間の紛争
処理に追われる中、心の安らぎを求
め、ヒマラヤを訪れ好きな仏像を楽し
んでいた時、労働力となり会く教育の
機会のない子供達の姿を見て、この子
供達の未来が輝くものであってほしい、
読み書き、計算ができ、インドの長い
歴史ある哲学、 文化を学び継承できる
ようになってほ しい。その為に“学ぶ
場所を作りたい”自分に何が出来るの
か考えた時、寺小屋のような学校を沢
山作ううと思いました。人生の目的は
何かと考えた時に、若い頃は、良い仕
事をすることだと考えた時期もあった
が、そうではなく、それは人に奉仕す
ること、人の役に立つことです。豊か
な国持てる人が、そうでない人々と天
から与えられた富を分かち合うことこ

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