稲葉さんの寄附により完成したての小学校
ダム建設現場から、ヒマラヤ学校のあるデラドウン市まで
出て、ガネーシュプールの学校を見てきました。
生徒たちはいつも歓迎してくれます。
今度もみんなが英語の文章を朗読したり、ノートに書いた
英語を見せてくれました。
持参の沖縄カトリック中学の生徒から寄付していただいた
楽器をならしながら、みんなで歌を歌いました。
今年の7月の新学年には新入生が入学し、4学級がそろい
ました。
来年は5学級になり、その次はいよいよはじめての卒業生
がでることになります。
そのときは、中学に進学したい生徒のための奨学金制度
を考えたいと構想しています。
ヒマラヤ学校と手をつなぐ会とは別に、私は、ネパー ルのダウラギリの近くのマルフア村の小学校の校舎の建設資金を個人で寄付し、それが完成したので、今年の4月末から5月の初めにかけて、開校式に参加しました。ネパール首相のコイララ氏も参加して、ヒマラヤ山中での思い出深い式典となりました。ぜひムスタンへいかれることをお勧めします。池澤夏樹さんの「すばらしい新世界」という本の舞台になったところです。
帰りにポカラという町の近くの村に住むボダさんという男性と会い、ネパールの国土の樹木をふやしたいという話をしたところ、彼の村で村おこしとして果樹を植林する計画を実行しようということになりました。そこで、当面5000本の果樹(レモン、ミカン、りんごなど)の苗を植える資金として、一万ネパールルピー(約16万円)を、もとジャイカの職員であった中町氏を通して送金しました。果物がみのって、村の緑が増え、人々の現金収入が増えたら本当にすばらしいと思います。3年後の実 りを楽しみにまっています。
8月から、研究のため渡米。研究の拠点は、アメリカ北東部のニューヨーク州のオンタリオ湖の南岸のシラキュー ス市のシラキュース大学。そこ の法科大学院の客員研究員という資格で研究生活を始めることになりました。目的のひとつは アメリカの法科大学院での授業の方法を研究することですが、 別の大きな目的がありました。 それは、アメリカ先住民が、西洋の近代国家よりも徹底した民主主義を実行し、それがアメリ カの憲法の立案に影響したとの説が最近有力になっていること、また、彼らは罪を犯したものを罰するのでなく、更正させ、社会の一員として立ち直らせるというが、そのような社会のありかたの実際を知りたいと考えたのです。幸いなことに、アメリカ先住民の権利回復の活動を長年続けてきたデニスバンクスさんという方と知り合いになり、その方の住むミネソタの北部の居留地を訪れることができました。そこはリーチ レイクという、林のなかに湖水が点在する風光明媚な場所で、デニスさんは、そこで、質素なトレーラーハウス で暮らしています。朝夕湖で網で魚をとって、燻製にし、またかえでの樹からシロップをとってビンづめにし、かばの樹の皮で小型の船の模型を作ったり、やまあらしの針で装飾品をつくったりして、生計を立てています。こ れらはみな伝統的なインデイアンの生活方法でした。白人が上陸してからのかれらの悲惨な歴史は筆舌に尽くしがたいものがあります。土地を奪われ、殺され、生活の糧のバッファローは皆殺しにされ、今は居留地を与えられて、そこに住んでいますが、生活できないので、政府から生活保護をもらってアルコールやギャンブルに明け暮れる希望のない生活を余儀なくされてきました。デニスさんは、誇りを取り戻そうと、権利回復の活動をしてきましたが、生活自体 も、昔の自然との共生の生活を実践しようとしています。 私はそこで、魚取りやシロップ作りの手伝いをしました。 日没や日の出の時刻の湖で、刻々とオレンジ色に変わる空の光を見ながら自然の息吹を感じ取り、祈り、林の中で小鳥のさえずりをききながら、瞑想状態で心を空にす る、しあわせな時間を経験しました。また、かれらの清めの儀式であるスウェットロツジにも3回参加し、創造主に感謝をささげました。このように、生活をともにすることによって、精神生活をも共有することができ、それによってはじめて、彼らの民主制や刑罰に関する思想 の真髄を理解することができるのだろうと思います。今後も、このような経験をつみ、深い理解に到達したいと考えています。
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